1ページへ戻る   


九識(くしき)論 

   先ずビクトルユゴーの言葉を引用したい 
        中略・・・ 空よりも大きな眺めがある それは魂の内部である
   又 アレキンスカレル(生理学者)ノーベル賞受賞) の言葉を引用したい
        中略・・・我々の内部世界は茫漠たる未踏の地である

   これから その未踏の地へご案内しようと思います 

 生命活動は、五識(眼・耳・鼻・舌・身体)と六識(意識)の働きで営まれています。
五識とは 見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れるの五感を意味します。

第六識は意識の事で、五識からの情報に反応し、推量して働く理性「知る心」「判断する心」で、
    左脳中心の私たちの表層意識
    行動と状態には個々差異が生じます  第六感 等言いますね

第七識は末那識(まなしき)末那(manas)とは「思量するもの」意味で{思量識」とも言う「自我意識」のこと
    六識の発生場所を第七識として定義 おもに左脳を管理していて、
    一般的に言われている「潜在意識」に該当するものです。
    意識のデータバンクとも言われていて、この領域を支配しているので虚空蔵とも言います
    もともと潜在意識はオーストリアの精神分析の創始者であるフロイトが解明したものです。
    だから第七識まではフロイトの学説でおおむね説明できます(夢判断)等で有名です、
               ・・・後日又

第八識の阿頼耶識 「宿業」「貯蔵する」のことです「激しい川の流れ」に例えられるほどの巨大な力です
     第八識になるとフロイトの説明を超えてしまうのです
    ユング(スイスの精神医学者)の「集合無意識」普遍的無意識は第八識の一部分を解明したと言えます
         
    違った個性、認識の相違 右脳と通じているようです
    善業と悪業に分類 善業の顕在化は慈悲や知恵として働き「楽」の境涯をもたらす「善因楽果」
    悪業は、三毒(貪欲・瞋恚・愚痴)などの煩悩となって「苦」の境涯を引き起こします「悪因苦果」
        
    もう少しご説明します
      ユングの「集合的無意識」。
      これは、私たちの無意識の深層に存在するもので共有していると言うのです、
      国や民族を超えて人類全体に共通して存在するものだと考えられています。
      今 この理論を実証するため 様々な実験が行われています
       そして 理論ではなく 現実になりつつあります
            
      これを人間の持つ情報機関である五感以外に退化した 隠れた感覚器官あるのではないか
      と言う実験です
      遠隔感応(テレパシー)予知能力 透視能力等です どの実験も その存在が明らかになっています
            
      別に地球意識の有無の実験等でも(ロジャーネルソン地球的意識プロジェクト)
      科学では説明不能な結果がでています
      その不可思議な結果を無理に倫理的に説明しようとする学者もいますが 我々にはチンプン
      結果を受け入れるしかないのです
      九識(くしき)論からすると第七識 第八識の一部が明らかになりつつある と思われます
      九識(くしき)論は地球レベルを超え宇宙にまで広がるのです
           
      例 簡単な実験
      誰でも 人の視線を感じる事があります それを実験した科学者(多数)がいます
      その人を強くを思い 背中に視線を送ると 確率は50パ-セントを超えるのです
      何度繰り返してもです 同じように実験の結果 透視能力も予知能力もあるのです 
      人の脳と脳はつながっているのです 影響を及ぼし続けているのです
      思考が空間を伝わる
      科学的に説明がつかないのです その通信手段がメカニズムが現在の科学では
      ありえないのです
      (だからといってインチキ霊能者や預言者にだまされないで)
          
      分かり易い一例を
      イワシの群れは見事です(その他多くの群れを成す魚 鳥 動物もいます) 
      集団が大きな生き物のように一斉に泳ぐのです
      イワシの群れは指揮官も司令官もいません
      では何故 集団が一つのように動くのでしょうか
      多くの学者の研究で様々な仮説を立てて説明していますが
      決定的な説はありません 今だ謎が多いのです

      すべてのイワシが同時に情報をやりとりし、コミュニケーションを取り、
      瞬時に決断を下しているのです
      意識が一つになっているのです
      これは 集団の場(フィールド)は意識を共有し まとめようとする力です
      形態形成場とも言われています

      集団’(フィールド)では 理想への方向性を示します
      人類と言う集団も同じではないでしょうか
 

      人類も同一の方向に動いている(イワシと同じ??)・・・・私の話は勝手に広がるので あしからず 
             西洋哲学の起源はギリシャにあるとされているが、仏教 ギリシャ哲学とも「自我」「存在」「生命」
             に関して共通の関心を持っています
             ソクラテスの「汝自身を知れ」は釈迦の「汝自身を省み訪ねるが良い」と同じ意味です

             仏教 キリスト教が発展した要因に共通する3点をあげます
             〇原始的宗教の呪術的迷信を打破しようとした
             〇既成宗教の祭祀体系を否定した、これは バラモンとパリサイ人を盲人に譬え
              その否定の仕方まで同じです
             〇民族的に偏狭な観念を克服した、仏教は四姓平等を説き、イエスもユダの民族主義を乗り越えました

             もし 直接的なつながりが無いとしても 本当に深く人間生命を探求していけば、角度は違っても
             やがて、同一の方向に到達すると言う事が 考えられないでしょうか(イワシと同じ??)
             仏教にしてもキリスト教にしても 世界宗教に発展した理由に、普遍的な心理を含むものがあり、
             人間の捉え方にしても、事物の本質の掘り下げ方にしても、万人が納得いくものがあった、と言えます
             もし 人類文明にこの二つの宗教が無かったら、人間の知恵はいかにも底の浅いものに
             なっていただろうと思います

               イギリスではオリゲネースがユゼキエル書註解において
               「それ(キリスト教)への傾向をもっていた」と記されていたと書かれています
               中国の孔子の存在も(仏教へのつながりは無いが)仏教への傾向をもっていた事は確かです
               儒教の「仁愛」「大同」墨子の「兼愛」「非攻」又道教等もです(イワシと同じ??)

      この意識の共有はイワシに限らず すべて(宇宙にも 島宇宙)に当てはめられます
      が まだまだ分からない事だらけです
      しかし 一瞬で離れた相手にどのような手段で??
 
      ありのままを受け入れるしかないのです
      明らかに人間にはない感覚器官があるように思われます

      有力な結論を申し上げます
      イワシの脳と脳はつながっているのです
      すなわち群れは一つの意思を共有して動くのです
     
                                 私の勝手な話
                                 ソクラテス イエス 釈迦 人類が切望したから出現したのではないか
                                 ヤスパース(ドイツの哲学者)が 同じような事をいっています
                                 引用が長くなるので カットしますが
                                 世界大戦 未曾有の殺戮 何を切望し死んでいったのか 
                                 人類共通の一つの意思(集団的意識)(地球意識)
                                 それは 悲惨と言う言葉をこの世から削除する事ではないでしょうか
                                 そして 人類が切望する その方向へ向かっていると信じたいのです



     さてさて 人類の生命科学は 心理学者は 3000年の時を経て この第八識の入り口までやっとたどり着いたのです
     以下の第九識は フロイトやユングが創造さえできなかった未知の領域なのです
     仏教で明かされる宇宙の姿は 十方(四方八方に上下)に広がる小千世界 中千世界 大千世界は
     現在の天文学と基本は同じで(太陽系 銀河系 島宇宙) 創造される星の数は 現在の天文学を超えているのです 倶舎論等にもあります
                                 
                                 私の勝手な話              
                                 華厳経等の研究に没頭する学者先生の著書をチラ見しました
                                 その壮大な宇宙観 一生かかっても研究し尽くす事はないでしょう
                                 何経に限らず 迷路に迷い込むのではないでしょうか
                                 西洋哲学 神学 論語等とは 比べものにならないほ程 奥が深いからです
                                 学ぶなら 迷路に迷わない羅針盤を手に入れてからにしましょう
                                 
                                 昔 ある学生が超大な仏教書の中から 超難しい書を学ぶと言うのです            
                                 私は「やめなさい」と言って羅針盤の話をしましたが 
                                 やる気満々の学生に対しては説得力がありませんでした


第九識は阿摩羅識(あまらしき)といい。意訳すると根本淨識(こんぽんじょうしき)とあります、
         この第九識が一番大事なのですが説明が容易ではないのです 
         宇宙の根本の法則とでも言えます、
         清浄そのものの、何ものにも汚されない法則、生命そのもので「九識心王真如の都」と言います
         「無量義(森羅万象)は一法より生ず」の究極の一法で 妙法とも言います 
         理(理論)の一念三千に対して事(事実)の一念三千です   十界論の最後の仏界の命です
 
            ここは 我見 偏見を交えず・・・・後日に続く  

 







  九識(くしき)論 簡単過ぎますかね

  ちょっと待って  難しい専門用語を羅列するのは簡単なんですが
  分かり易くとなると 難しい 本意を逸脱する恐れがあるんですね
 
又 宗派により 解釈の相違があります 又 どの(教)から いつの時代の誰の(釈)(論)で 
研究者の説が違ってきます それらを調べつくす事は不可能だと思われます
それらを議論していたら はてしない議論で終わる気がします





    十 界 論